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4月の記事でインセンティブが大きくなっても不正は必ずしも多くならないというアリエリーらの実験結果を取り上げた。これはインセンティブが大きくなると不正は増えるという予想に反するいかにもヒューマンらしい行動であるということであった。

しかし彼らの実験では不正を行なう者が、もしかしたら自分の不正が実験者にバレるのではないかという不安を消すことができない設定になっていた。そこで不正な行為をやろうと思えばできるのにあまりしないのではないかという疑問が残る。

アリエリーらの実験ではインセンティブと不正の関係がきちんと捉えられていないのではないかと考え、それがより明確にわかるような実験を行なった研究がある。今回はそのように主張する行動経済学者の研究を取り上げる。
その研究によると、不正が明らかになるとは考えられない状況では、インセンティブが大きくなると不正も増えるという経済学の原則に従った結果が得られたのである。

私たちはいったいどのタイプなのだろうか?

不正に関して人は3つのタイプに分けることができる。

聖人タイプ...どんな時にも不正なことはしない。良心や罪悪感などを強く持っていて不正をするとそういった自分の心に反することになるという「心理的コスト」がきわめて大きいためである。

ヒューマン...心理的コストがあるのでふつうは不正をしない。しかし心理的コストはそれほど大きくなく不正によって得られる利益が大きければ不正に手を染めることもある。

エコノ...可能な場合には常に不正をする。不正をしないとすれば心理的コストがかかるためではなくバレたり捕まる確率が高いときだけである。

さて私たちはいったいどのタイプなのだろうか。聖人でないことは確実であるが、かといってエコノほど割り切った行動をすることもない。やはりヒューマンなのであろう。

ではインセンティブと不正の間にはどんな関係があるだろうか。それを実験的に示したのが以下のカジャケイトとニーズィの研究である。

カジャケイトとニーズィの研究

彼らは2つの実験を行ないインセンティブと不正の関係を研究した。「ごまかしゲーム」はアリエリーらが行なったものとほぼ同じ実験である。

もう1つは「マインドゲーム」である。どちらのゲームでも不正な申告をしても特に罰はない。

■ゲームの概要

●ごまかしゲーム...他人に見られることはない環境でサイコロを振り出た目を報告する。目が「5」なら報酬がもらえその他の場合には何ももらえない。報酬額は1ドル・5ドル・20ドル・50ドルの4通りある。

マインドゲーム...1~6の数のうち1つを心の中で思う。他人に目がわからない環境でサイコロを振る。最初に心の中で思った数とサイコロの目が一致したら「yes」、一致しなかったら「no」とだけ報告する。「yes」なら報酬がもらえ「no」なら何ももらえない。
報酬額は「ごまかしゲーム」と同じで1ドル・5ドル・20ドル・50ドルの4通りある。

実験参加者はそれぞれ75名。さてどんな結果が得られたであろうか?

それぞれの実験の結果

結果は表に示されている。上の表にはごまかしゲームにおけるそれぞれの報酬額の時に「5」が出た」と申告した者の割合(%)である。

ごまかしゲーム 1ドル 5ドル 20ドル 50ドル
「5」 25 29 33 23

実際に「5」が出る割合は平均して約17%(=1/6)なのでそれを上回る部分は不正直な申告とみなすことができる。

一見50ドルの場合を除き報酬額が増えると不正も増えているようであるが、統計的に有意な差はなかった。つまり、インセンティブが増えても不正は増えるとは言えないのである。これは先のアリエリーらの実験結果と完全に一致している。

次の表はマインドゲームにおけるそれぞれの報酬の時に「yes」と報告した者の割合(%)を示している(実験参加者は各75名)。

マインドゲーム 1ドル 5ドル 20ドル 50ドル
「yes」 32 47 41 49

このゲームでも「思った数」と「実際に出た目」は平均すると約17%しか一致しないはずであり、それを上回る分は不正とみなしてよい。

これでわかることはマインドゲームでは、「ごまかしゲーム」の場合に比べて不正な申告が増えていることである。
また報酬額が増えるにつれて不正な申告も増えていることもわかる(どちらも統計的に有意である)。

前提のちがいで不正を行なう数が変わった

ごまかしゲームとマインドゲームのちがいは、次のように総括することができる。

ごまかしゲームでは「5」が出た場合だけ報酬がもらえるが、実際には出ていないのに「5」が出たと申告するのは心理的な抵抗があると考えられる。出た目は本人にしかわからないと言われているにせよ、実際に出た目がカメラによって監視されていて不正が実験者にバレてしまうのではないかという不安が生まれるため、インセンティブが増加しても、特に50ドルという小さくない金額では、不正を阻む要因になったと考えられる。

これに対してマインドゲームでは、不正が明らかになるのではないかという不安はずっと小さい。最初に心の中で思った数字が実験者にバレることはまずないと思うからである。したがって、ごまかしゲームに比べてマインドゲームの方が不正はインセンティブとともに増えることになるのである。

この実験では男女差も測定された。
女性は男性に比べてごまかしゲームでは不正申告は少なくマインドゲームではほぼ同じであった。これは正直さに対する男女の差ではなく、女性の方がよりリスク回避的という一般的傾向を反映しており、不正がバレるというリスクを避ける性向が女性の方が高いからだと考えられる。

これによってもごまかしゲームでは実験参加者はバレる可能性を考慮していたということがわかる。

報酬額がもっと増えたらどうなるのかとか、不正が発覚するリスクがいろいろと変化するとどうなるのか、といった考慮すべき点はある。
しかし、不正直とインセンティブの間には、インセンティブが増えれば不正直も増えるというあまり意外性のない結論が得られたことになる。

私たちはもちろん聖人でもなしかといってエコノでもない。インセンティブに反応して自分の中の心理的コストと報酬額を秤にかけて不正を行なうという側面もあるのだ。

 

 

●参考文献

Kajackaite,Agne and Uri Gneezy, 2017, Incentives and Cheating, Games and Economic Behavior, vol.102, pp.433-444.

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